6.船価について

   良いたとえとは思いませんが、価格の優等生は卵とバナナと船だと言われることがあります。世界単一
     マーケットで激烈な競争裏で鍛えられた商品の一つが船であります。資料を御覧下さい。マーケットの
     山谷で大幅な変動はありますが、20年間をマクロで見ると右下がりになっています。
    よく新聞に出ている大型タンカー(VLCC)の現在価格は約90億円〜100億円であります。20数年前に
  120億円位の記憶があります。
    又、現在の相場で70億円台のLPG船を20年位前に114億円位(あまり儲かってわけではない。)で売
     った記憶があります。
   又、17万トンの大型バルクキャリアーで50億円、大型コンテナー船で80〜90億円、高いところでは
     大型LNG船、2億1,000万ドル(≒250億円)と言ったところが現在の船価であります。
   先程のVLCCの船価を船の重量(約45,000トン)で割りますとトン当り約20万円ということになり
     ます。原材料以外の現立加工工業製品でこれ程安いものがあるでしょうか。高級な鋼材を加工し、複雑
     な曲面を有する芸術的とも言える船体に組立て、最新型の2万数千馬力のディーゼルエンジンを搭載し、
     近代的な各種機器を装備し、船上に立派なホテルまで乗せて全部ひっくるめてトン20万円であります。
     言いかえるとKg200円ということで、蜜柑、大根等がその位の値段でしょうか。
  焼き芋となると船よりは大分高くなるではないかと思います。先日市場で見た松坂牛は100g2,000円
     ですからトン当り2,000万となります。
  同じ鉄鋼製品で比較されるものに橋梁があります。トン当り50万円とか100万円とかの価格をよく耳にし
  ます。エンジンもホテルもなしです。
  国際マーケットで鍛えられたものと国境でガードされた日本の高コスト体質との差がつくづく考えさせられ
      ます。勿論、現在の船価が世界的にオーバーサプライの影響で低過ぎることは事実で、何とか船価
     アップを計らないと造船業が駄目になると言われていますが、過去の造船不況でコストダウン一点張りの
     やり方がマーケット崩壊の前に如何に無力であったか思い知った筈でありますが、またしても、コスト
     ダウンの大合唱が始まっているようです。

7.日本造船業の規模と問題点

   戦後、製造業の尖兵として外貨獲得に活躍した造船業も世界経済の定常化と共に成長は鈍化し、成熟
   産業として他産業に比べて相対的に小規模なものとなっています。
  
  [売上規模]
   1996年の日本造船業25社の売上げは1.4兆円程度であります。鉄鋼業15兆、石油13兆、一般
     機械  30兆、電気機械79兆、自動車30兆等と比較して、一桁小さい数字であります。パチンコが30
     兆近い 数字だと聞いています。造船業に近い規模のものは何かと聞いたところ、お味噌の業界がその
     程度との ことであります。不謹慎かも知れませんが、先日の新聞によると日本のお葬式の費用が平均
     200万円とかで、年間100万以上の人が亡くなっていますので全体では2兆円位の規模だそうです。
   従業員数で見ますと造船工業会会員18社の造船部門人員数は約2万人で先日の新聞に遂に2万人を
  切った記事がありました。(資料10頁)
     ピーク時1975年、22年前(昭和50年)の人員が11万6,000人だったので、この間で実に1/6
     程度になったわけで造船不況により過去2回のリストラが如何に激しいものであったかがお分りいただけ
     ると思います。又、ピーク時の建造量が1,400万トン程度であり、現在1,100万トン位の建造を行って
     いますので20年間の生産性向上もかなりのものであります。公共投資等で話題になっている建設業は
     300万人で155兆円だそうですから造船業の実に100倍の規模であり、国境にガードされ壮大な人と
     お金を使っているこの業界は色々と考えさせられます。

   又、今腰砕けと言われている行政改革で、お役人の数を10年間で1万人減少させる(全体で80万人
     とか)計画が大きく報道されていますが、民間のリストラに比し余りのなまぬるさに唖然とします。

 [日本造船業の問題点]

  2回わたる大幅なリストラを行い、世界的な競争力を維持してきた日本造船業も次のような問題点を持っ
   ています。
  第一に、官主導の護送船団方式の平等沈下を行ってきた結果、数多くの小さな企業集団になってしまっ
   たことであります。
 先程述べましたように、業界全体でわずか2万人に人しかいないのに18社もの会社に分かれています。
 参考の棒グラフを御覧下さい。
   TOPは何と言っても三菱です。次が今治造船です。その次が石播、常石と続きドングリの背比べよろしく、
   同じ様な規模の造船所が続きます。大まかに大手、中手と言った区別としますが、今治造船も常石も中手
   と  呼ばれていますが、実質大手であります。何故このようになったのかと言いますと。リストラ前は大手、
   中手は歴然とした大きさの違いがありました。リストラの段階で役所指導で大手は余裕があるから大きく減
   らしなさい。中手は専業的であるので減らし方が少なくてよい。といった方法がとられました。又、中手は
   リストラの段階で集約による拡大指向をとりました。
 その結果がこのようなドングリの背比べになったわけです。
    三菱が最大で普通のドングリの倍、お隣の韓国の現代重工業の操業量は三菱重工の2.5倍、従って、
   ドングリの5倍、人員は日本全体が2万人に対して現代1社で1万人と言った調子です。全く同じ様な船を
   数多くの会社が独自で設計し、建造しているのが日本であります。
    米国では絶対このような不経済なことはやりません。彼等は一つの設計で何10隻もの船を造るでしょう。
   考えようによっては日本はまだ余裕があり、エネルギーが余っているとも考えられますが、いづれにせよ
   非効率この上もない話であります。
  第二に会社の中で造船部門が小さくなってしまったことです。日本の重工業各社の多くは造船主体でスタ
   ートしたところが多く、次第にレパートリーを拡大してきました。その結果、造船以外の部門が大きくなりま
   した。私の居た川崎重工業でも昔は川崎造船と言って造船主体でありましたが、現在は造船は10%でし
  かありません。日本の主要造船会社10社を平均すると造船部門の売上は、ほぼ15%を占めるにしか過
  ぎません。にもかかわらず、造船重機と言う言葉が生きているように昔のまま長男扱いをされています。
  第三に研究開発の力が失われつつあると言うことです。最近、運輸省の統計によると、造船会社の
  研究者数は大手7社の合計で、わずか360人になったと報じています。昭和60年代の初めまでは
  約1,000名であったものが、コストダウン、経営合理化の圧力の下に減少してしまいました。それも先に述
  べたように数多くの会社に分散しているわけです。R&Dの力を失った製造業は衰亡するしかありません。
  日本の造船にとって由々しき一大事であります。
  第四に造船業を取り巻く関係機関が旧態依然として多すぎると言うことです。関係機関というのは、主とし
  て何々協会と言った名の下に業界と関連した事業を行っている機関です。業界の中でもやや古い歴史を持
  つ造船業はその発展の過程で数多くの協会の類を生み、又その類が生まれてきました。業界縮少の過程
  で本体人員は1/6になったのに、これら協会の類はそのまま残っていることです。その数をリストアップを
  始めましたが、190件くらいの所で完結していません。
   造船海洋に絡んで研究をやっている団体だけでも40を越えるのが実状です。
 このことは、これら団体に対する会費と言う費用と応対する担当者が必要という面で業界の大きな負担に
   なっています。非効率面の標本の如きものであり行政改革が必要でありましょう。先生方に叱られていま
   すが、造船関係の学会も異常と思えます。この狭い日本に、しかも小規模の造船業をテーマとする学会が
   東京、大阪、福岡を中心として三つもあります。それぞれは夜行列車の昔ならいざ知らず、現在では3時間
   もあれば、往来できる場所であり、日帰り充分の位置にあります。世界のどこにもこのような国はあり
   ません。広大なアメリカでも学会は一つあります。
  第五に人の問題、特に老齢化の問題があります。造船不況時に新規採用を押さえたため、30歳台の
  従業員が極めて少なく、そのため平均年齢が43、5歳と製造業平均40歳より3、5歳高齢化しています。
  更に全体の年齢構成はワイングラス形で40歳〜50歳台が主力になっています。(資料11頁)このことは
  10年、15年後に多数の定年退職を迎え、よほどの対策をとらない限り大幅な人員減は避けられません。
  現在、生産能力は設備には関係なく、人員数で定まっているので人員減は直接生産減につながります。
  若年層の採用と技術、技能の伝承は大きな問題であります。