5、京都、大阪、神戸、淡路島2004−5−27〜6ー1
天竜寺の庭園を抜け、裏道の竹林の小道をたどり、大河内山荘を見る。時代劇の名優の大河内傳次郎がこつこつと創りあげた庭園だが、この名優の名前を知っている人も少なくなっているだろう。
小倉池の側の小道をたどれば、常寂光寺、落柿舎、二尊院と観光でき、嵯峨野のよく手入れされた風情のある道は化野念仏寺に至る。
帰路は清涼寺の前を通り、天竜寺と戻る。
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天竜寺 |
天竜寺 |
天竜寺 |
天竜寺 |
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天竜寺裏の竹林 |
大河内山荘 |
大河内山荘 |
小倉池 |
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常寂光寺 |
落柿舎 |
落柿舎 |
二尊院 |
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嵯峨野小道 |
化野念仏寺 |
化野念仏寺 |
清涼寺 |
5月28日
総会が11時30分から開催されるので、朝の時間を使って、ホテルの前にある万博公園を散策した。
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ホテル阪急 |
万博公園の碑 |
万博ホール |
太陽の塔 |
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日本庭園 |
開催中のさつき展 |
日本庭園 |
茶室「千里庵」 |
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日本庭園 |
日本庭園 |
誠友会総会 |
誠友会総会集合写真 |
5月29日
大阪城→四天王寺→住吉大社→妙国寺→南宗寺→仁徳天皇陵→道頓堀周辺と、ドライブ及び散策をした。
大阪城は、古い遺構が散在しているが、天守閣は昭和6年に再建されたものであり、全体が公園化され、俗化していることもあり、インパクトはなかった。
四天王寺は飛鳥時代の593年に、聖徳太子が建立したと伝わる日本最古の寺院。創建当時の建物は現存しないが往時を偲ばせるものがある。
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四天王寺の五重塔 |
四天王寺の講堂 |
四天王寺 |
四天王寺 |
住吉大社は全国に2000社ほどある住吉神社の総本社。航海の守護神として崇敬を集めてきた。
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住吉大社 |
住吉大社 |
住吉大社 |
反橋(太鼓橋) |
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住吉大社 |
住吉大社 |
住吉大社 |
住吉大社 |
堺市にある南宗寺は訪れる人も少ないが、千利休ゆかりの禅寺で、1557年の開山。
仁徳陵は、全長486m,幅306mで、総面積約46万uの日本最大の前方後円墳で、世界でもエジプトの
ピラミッド、中国の秦皇帝陵と並ぶ、世界三大古墳と言われている。
日本にも、この様な巨大な古墳が存在していたのかと、改めて認識を新たにしたが、他の二つに比べると、世界的な知名度が低いし、日本人そのものも余り知らないが、発掘調査など詳細な調査がされていない為だろう。
日も暮れてきたので,最後に大阪の代表的な繁華街の道頓堀周辺を散策した。これぞ大阪といった賑わいと活気に溢れていた。
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黒門市場 |
黒門市場 |
法善寺横町 |
法善寺横町 |
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法善寺横町 |
法善寺横町 |
道頓堀通り |
道頓堀通り |
5月30日
神戸の異人館通りに立ち寄り、明石の魚の棚商店街を見て、名物のたこ焼きを賞味し、淡路島に向かった。
神戸で異人館をいくつか見たが、海外旅行で多くの見聞をしているので、特別の感慨はなかった。
明石の店頭には、生きたままの蛸、鯛ほか新鮮で豊富な魚が売られていた。
明石の蛸はカニやエビ類を餌にしているので、美味しいのだそうである。現地で初めて知った。
淡路島では誠友会のT夫人の紹介で、淡路大磯アート山を訪問、ユニークな創造活動と共に生きるライフスタイルに触れることが出来、こんな生き方もあるのだなと感動した。
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明石大橋を望む |
明石大磯アート山 |
明石大磯アート山 |
明石大磯アート山 |
5月31日
淡路島の南端、大鳴門橋を見て、西海岸を北上、大鳴門橋記念館に立ち寄る。淡路香りの公園を散策、南下して洲本城を観光した。
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大鳴門橋を望む |
大鳴門橋を望む |
大鳴門橋記念碑 |
大鳴門橋 |
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記念館・大鳴門橋を望む |
大鳴門橋記念館 |
淡路香りの公園 |
淡路香りの公園 |
洲本城は、室町時代に安宅氏が築いた。江戸時代は、徳島藩稲田氏6万石がこの地を治めていた。古い遺構が残存しており、人もまばらで
静かな古城だった。
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洲本城の外構 |
洲本城へ |
洲本城の天守閣 |
洲本城内 |
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洲本城の天守閣 |
洲本城の天守閣 |
洲本城の外構 |
洲本城へ |
6月1日
淡路島の東岸を北上、淡路文化資料館に立ち寄り、帰路につく。収穫期にあった淡路島の玉葱は、こちらの名産品であり、大変美味しいことを初めて知った。
洲本の淡路文化資料館には、人形浄瑠璃をはじめ郷土の文化を紹介する豊富な資料がそろっていた。
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浄瑠璃人形 |
浄瑠璃人形 |
浄瑠璃人形 |
郷土人形 |
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見台 |
太夫の使う三味線など |
舟だんじり |
獅子舞 |
6、那須方面 2004-7-14〜7-16
宇都宮の両親の墓参に併せて、那須にドライブ旅行をした。
7月14日
昭和57年の発掘調査により、発見された聖山公園墓園近くの「うつのみや遺跡の広場」に立ち寄ってみた。
縄文時代前期の大集落跡(根古谷台遺跡)を復元して公園化したもので、登呂遺跡等に比べあまり有名ではないが、想像以上に優れた施設だと思う。小・中学生が勉強の為、グループで来園していた。
那須湯本に那須温泉の起源にまつわる古社、那須温泉神社がある。奈良時代の創建。
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那須温泉神社 |
那須温泉神社 |
那須温泉神社 |
御神木「生きる」 |
神社から少し登ると、今なお硫化水素や亜硫酸ガスを噴出している殺生石に出る。
更に、ボルケーノハイウェイを登ると、那須岳を眺望できる山麓に到着する。夜、宿舎で地元の人のボランチア活動でオカリナ演奏会があった。
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那須岳を望む |
岩石を運ぶヘリコプター |
朝日岳を望む |
オカリナ演奏 |
7月15日
茶臼岳登山
那須ロープウェイの山麓駅(標高1396m)から山頂駅(1690m)まで、標高差294m、斜めのロープ長812mを4分でケーブルカーは登る。
始発に乗ったので、山頂駅はすいていた。茶臼岳(1915m)には直登すると、約50分で頂上に到達するが、人の歩くのについて行ったら、予定コースを間違え、牛の首、噴気口めぐりの迂回路をたどり、約2時間半で
頂上に到達した。
登山路は岩石がごろごろしており、甘く見て、軽装で登るのは危険である。途中で断念する人も多勢いた。
普段、山歩きをしていない家内は、ゆっくりと登ったが、無事に登ることができたた。
かなり、自信はついたようだが、この程度が限界だろう。2人で、145歳の登山ねと笑う。
ガイド・ブック等には茶臼岳(那須岳)とあるが、厳密には那須岳は存在せず、付近の山を総称して那須連峰と言うのが正しい。参考までに、那須連峰の最高の山は、三本槍岳(1917m)である。僅か2mだが、こちらの方が高い。
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茶臼岳登山コース・左回りの周回路から登山 |
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牛ケ首に至る |
左牛ケ首・右茶臼岳頂上 |
牛ケ首に至る |
牛ケ首に至る |
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牛ケ首 |
茶臼岳の噴気口 |
峰の茶屋に至る |
峰の茶屋に至る |
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茶臼岳の頂上へ |
茶臼岳頂上(1915m) |
頂上からの展望 |
頂上付近 |
沼原湿原
茶臼岳を下り、時間に余裕があったので、初夏にはニッコウキスゲやレンゲツツジが咲き揃い美しいと
言われる茶臼岳南西の沼原湿原にも行ってみた。残念ながら花は既に終わっていたが、湿原の景色は
堪能できた。
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沼原湿原入り口 |
湿 原 |
僅かにニツコウキスゲ |
湿 原 |
7月16日
同じ道を帰るのも面白くないので、途中みやげ物、高原野菜を買い込み、景色の良いところでは、下車して
眺め、塩原温泉、日塩もみじライン(秋なら紅葉が美しいだろう)を経由し、矢板ICから東北自動車道に乗り、17:00頃に無事自宅に戻った。延走行距離は、約630kmだった。
